ついに始まった【連載】近現代浄土宗の歴史!

吉田淳雄先生による「近現代浄土宗の歴史」の連載が9月号より始まりました。連載開始を記念して、2022年12月号にて掲載した『いま知っておきたい浄土宗近現代史』をじょーどでも公開いたします。

令和5年、本誌に「浄土宗近現代史-青年僧に知ってほしい信仰の軌跡」の連載が予定されている。明治維新以降、廃仏殼釈、戦時体制時代、東西分裂など浄土宗にとっても激動の時代であった。しかし、若手僧侶を中心に学ぶ機会は少ないように思える。今回、連載の執筆を引き受けていただいた浄土宗総合研究所研究員の吉田淳雄師に近現代史について、そして連載内容などについてオンラインで伺った。

聞き手
服部祐淳(はっとりゆうじゅん)
法然上人鑽仰会デジタル編集部(紹介リンク

服部祐淳(以下服部)なぜいま浄土宗の近現代史を取り上げるのでしょうか?

吉田淳雄師(以下吉田)
近現代浄土宗の歩みは、私たちに近しい時代の先人たちがたどってきた道であり、これからの私たちが時代の変化にどう向き合っていくかを考えていくうえで大変貴重な歴史、経験であるわけです。
開宗850年を控える今は、まさにその時代を振り返る絶好の機会だと思います。その一方で、近現代の歴史はあまり知られていないという現実があります。学ぼうにも初学者向けの参考書・文献がほぼ存在していないといっていいですし、若い世代の方々には敷居の高い領域になってしまっている。
私も長らく大正大学で浄土宗史を担当してきましたが、時間的な問題もあって近現代史まで詳しく講義することができませんでした。

服部確かに私の学生時代も明治初期の廃仏毀釈(※1)などは教わりましたが、戦時下の歴史や、東西分裂(※2)などは触れられませんでした。

※1廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

明治初年の神仏分離令に端を発した仏教排斥運動。増上寺や寛永寺などでは神社関係の諸施設が破壊されるなど神仏の分離が進められた。それと並行して寺院仏閣の統廃合や破壊、仏像、経典などの破却が全国的に行われた。

※2東西分裂

昭和14年宗教団体法が成立したのを契機に管長の権限が強化され、一宗一本山制の確立と各本山の本末解体が争点に。知恩院と他本山が対立し、昭和21年に金戒光明寺、翌年知恩院が浄土宗を離脱した。

吉田
浄土宗史といえばやはり、法然上人の周りで形成された専修念仏集団から始まり、その教えを受け継いだ聖光(しょうこう)・良忠(りょうちゅう)上人、伝法の確立に至った聖冏(しょうげい)上人・聖聡(しょうそう)上人、徳川幕府の庇護のもと教線を拡大していった江戸時代の浄土宗……と、抑えなければならないポイントがたくさんあります。結果的に終盤の近現代史は駆け足にならざるをえないのが実状です。

服部
時間的要因とともに、東西分裂などは時間の経過が短いこともあって授業では扱いづらい側面もあったのでしょうか?

吉田東西分裂は昭和、それも戦後の話ですから、私くらいの世代だと祖父、曾祖父の時代の出来事になるわけですね。そうなると直接会ったことのある人のお名前が出てきたりしますし、中にはご存命の方もいらっしゃったりと、確かに歴史的評価が下しづらい状況だったと思います。立場によって評価はがらりと変わりますしね。そこから時間が経過して令和の時代に入り、良い部分や、逆にそうとは言えない部分も含めて、より大きな視野でとらえることができる、そういう状況が整ってきたのではないかと思います。

服部あくまでこの連載では歴史的な善悪を決めるのではなく、俯瞰的視座で概説し、学ぶ機会を得てもらうという立場でしょうか?

吉田その通りです。歴史的な評価については立場によって様々だと思いますので、各人で考えていただければと思います。ただし評価をするにも、前提となる歴史的な事実を知っておかなければなりません。
できるだけ評価とは切り離して、浄土宗の歴史を俯瞰的に見てきた場合にこういう出来事がありましたと、重要事項を取り上げてお話ししていこうと思います。どうしても私の主観が入ることもあるでしようけど、なるべく中立的にと心がけます。

服部すべてが教科書的というより、先生の想いなども含めていただいた方が、より読者さんが考えるきっかけにもつながると思います。「健全な批判精神」は『浄土』の持ち味でもありますので。さて、連載ではどのような時代、トピックスに触れていくのでしょうか?

吉田時代区分でいえば明治維新から現在のような教団体制ができた時代までと考えています。おおまかにいうと明治維新の混乱期から始まり、教学、布教、社会事業等の進展期、戦時体制に移りゆく時代、東西分裂を経て昭和36年の七五○年大遠忌で合同法要が勤められ、翌年に正式に合同し、昭和52年に金戒光明寺(黒谷浄土宗)が合流して今の浄土宗の体制になるまでとなります(表参照)。

服部表を見ただけでも激動の時代だとわかりますし、知らなければならない事柄だらけですね。

吉田そうですね。特に若手僧侶の世代には、知識としても今後の宗の道標としても活用してもらえたらうれしいですね。例えば明治維新の時は、長らく浄土宗を保護してくれていた幕府がいきなりなくなり新しい政府が樹立されました。新政府とどうかかわっていくのか、またその時代には廃仏毀釈という仏教に対する排斥運動がおこりものすごい逆風が吹いたわけですが、その中からどのようにして、寺院・仏教界は立ち直っていったのか、そういったところは参考になりますよね。
また、明治44年、法然上人の七百年大遠忌が営まれましたが、ちょうど明治初期の混乱を乗り越えて浄土宗が近代教団として出発した時期です。宗内各所ががっちりと連携を取りながら、七百年大遠忌というビッグイベントに向けて様々な人材育成、後世に残るレガシーなどの構築がなされました。こういった事例というのは、何のために宗が存在しているのか、どのようにして皆様から集めた課金を使っていくのかということを考えていく上で大変参考になりますし、当時としては見事な解答だったのではないかと思います。

服部なるほど、「見事な解答」ですか、それは連載が楽しみですね。その他、特に知ってほしいトピックスはありますか?

吉田例えばいま「国と宗教」がメディアで話題に上がっていますよね。

服部いわゆる旧統一教会と議員さんの関係についてですね。

吉田そうです。宗教教団に対する国の統制をもっと強めるべきだという論調が強いですがデリケートな問題です。「国と宗教」について歴史的にみると、明治初期に大教院という組織が置かれ、政府が宗教を完全に統制して国の教え、いわゆる国教のようなものを作って仏教教団もその中に取り込んで利用しようともくろんだ時期がありました。
例えば南都六宗などの宗派は独立性を認められず、東大寺で知られる華厳宗は浄土宗と一緒にされたり、各寺院でもお説教ひとつにも制限がかかった時期があったのです。政府が理想主義に走りすぎ、あまりに無理があって数年で破綻しましたが、国家が本気で宗教を統制しようとした時代があったのだということは知っておくべきでしょう。現在の論調は「かつて国家が宗教に対し過度な介入をした」という事実をまるで度外視しており、信教の自由の意味と意義が理解されていないように感じられます。

服部現代の社会問題を考えるうえでも歴史を学ぶことは重要ですね。一方、苦難な時代を経て近現代に優秀な僧侶が多く輩出されましたね。

吉田これは誇らしいことで、大正時代、浄土宗は学問宗として花咲きました。学問・理論の面だけでなく、実践の場で指導する優秀なリーダーを輩出した時代でもあったのです。背景として法然上人の七百年大遠忌事業を有効に活用したことがあげられます。後世に残し続けるべき基礎文献を収集し、『浄土宗全書』など読みやすい形に編集し刊行する事業に力を入れましたが、ここに若手の僧侶を登用することで多くの人材を育てていき、やがてその方々が後進の育成を図っていくという最良のサイクルが実現しました。事業化して仕事を与え報酬を払い人材を育てる。これが明治から大正にかけて行われ、そこから輩出された方々は浄土学にとどまらず、仏教学、宗教学の世界で広く活躍し、社会事業として福祉の実践にもつなげていきました。

服部遠忌事業を人材育成に注力したのは思い切った政策ですね。結果、功を奏して多くの著名な高僧が輩出されましたが、特に先生が興味をもたれた方はどなたですか?

吉田やはり浄土学研究室の初代主任を務められた望月信亨(もちづきしんこう)先生です。浄土学という学問を実質的に創出された方だと思っています。それまで宗乗と呼ばれていた、檀林で培われてきた学問を近代的な仏教学とうまく結合させていったわけで、先生がどのようにその学風を成立させていったのかはとても興味深いです。もう一人あげるならば、社会事業のトップリーダーであった矢吹慶輝(やぶきけいき)先生です。先生は大正大学の今の社会福祉研究室の創設者といってもいいでしょう。
もともとは宗教学の研究のために留学をするのですが、そこで社会事業という概念を知ることになります。それを日本に持ち帰り、大正大学教授、さらには当時の東京市の社会局長としてその実現に精力的に活動された方です。日本における社会事業の先駆者で、理論面のみならず、実践面でも大きな実績を残しました。その他、本当に多くの優秀な高僧が活躍したので、連載でできるだけご紹介できればと思っています。

服部「社会事業」という言葉は学生時代に習い、当時はそういうことがあったのかと漠然と思っていましたが、今では松島靖朗(まつしませいろう)上人(奈良・第五組 安養寺)が展開する食料等の再分配事業「おやつクラブ」や、吉水岳彦(よしみずがくげん)上人(東京・北部 光照院)が展開している路上者支援団体「ひとさじの会」など、宗内の若手僧侶が次々に社会事業に乗り出しており、その源流となるお話も興味深いですね。連載に向け最後に読者にメッセージをお願いします。

吉田私は大学に入ったころから浄土宗の近代史に興味を持っていましたが、学ぼうにも全体像が一冊の本にまとまっておらず大変苦労しました。様々な本から断片的に知識を積み上げてきましたが、知れば知るほど面白いですし、自分にとっても役に立ち、さらにはこれからの宗門を考えるうえで大変参考になるものが詰まっています。これからの自分の在り方、さらには浄土宗の今後に反映していただくべく、特に若い方々に興味を持っていただけたらとてもありがたいです。

服部ありがとうございました。連載を楽しみにしています。

2023年1月号

今知っておきたい『浄土宗近現代史』PDF

この記事を書いた人

服部祐淳

はっとりゆうじゅん
1983年 長野市生まれ
大正大学大学院(浄土学)修了後、浄土宗宗務庁入庁。『浄土宗新聞』の編集を12年間担当し退庁、長野の自坊に戻る。雑誌『浄土』では「ぶつぶつ放談」の編集を担当。