育児と浄土のあいだで#4

赤坂めーしょー

「念仏を称える暇もない!」……そんな人にこそ、読んでほしい。

仕事と育児の両立に挑む浄土宗僧侶による、体当たりの連載企画。慌ただしい日常が、浄土の教えによってどう変わるのか。理想と現実の間を右往左往する日々を綴った、リアルな”奮闘記”が始まります。


著者プロフィール

赤坂めーしょー

1990年5月21日生まれ。福島県伊達郡桑折町出身。大正大学大学院(浄土学)修士課程修了。近代浄土宗に興味を持ち、現在は東京の寺院で研究出版業務に従事し、法然上人鑽仰会の編集部にも携わっている。2023年の誕生日に結婚。2024年7月に長男が誕生。2DKのアパートで共働きをしながら、一児の父として、また浄土宗僧侶として、日々「牛歩前進」を続けている。


エピソード3 長男と太鼓(2) 

前回、太鼓にハマったと書きましたが、まさかそれが転じて〝エイサー″にどハマりするなんて――。

7月上旬に、私の祖父と、妻の祖母の法事がありました。どちらも浄土宗のお寺で法事を行ったので、当然、木魚があります。長男は張り切って「ポクポク」やっていました(笑)

ひと際大きな木魚を見ては「おおきなたいこ!」「ばち!」と言ったり、私の姪っ子たちと微笑ましく一緒に叩いたりしていました。普段の家では暴れまわっているのに、親戚の前でちょっとお行儀良く出来たり、うどんをちゅるっと食べれただけで凄く褒められるので、本人はご満悦です。――親としては複雑です。

さて、無事に法事を終えてからも相変わらず太鼓にハマっていた長男。テレビをつけYouTubeの太鼓動画を見まくっていたなかに、沖縄のエイサー太鼓のものがありました。

私もよく知らなかったのですが大太鼓、締め太鼓、パーランクーという3種類の太鼓があり、全て抱えて踊りながら叩きます。これを覚えた長男は、家にある太鼓っぽいものをなんでもなんでも抱えて、「#$%&*」(おそらくイーヤーイーヤーと言っている)と足を挙げながら叩くという進化を遂げました。

保育園でもタッパーとひしゃくを持って叩いて歩き回り、その後、先生に太鼓とバチを作ってもらって誰が見てもエイサーをやりまくっているとのことです。

それからエイサーの演舞には、獅子舞が出てきます(うちでは〝シーサー″と呼んでいます)。最初は「ちょっとこわい」と言っていたのですが、徐々に「しいさーいない」と、太鼓とシーサーの両方を求めるようになりました。

あまりにも好きすぎるので、中野で行われた「第1回 関東沖縄エイサーまつり」に行ってきました。長男は「昇龍祭太鼓」というシーサーがよく登場する団体が好きで、その方々も出演するというので、それをお目当てに行きました。

まじかで見るエイサーは、演奏と太鼓と踊りの全てに迫力があり圧倒されました。これが沖縄の盆踊りかと。家族そろって暑い中、各団体のエイサーに釘付けになりました。最後に見た「昇龍祭太鼓」の演奏で、念願のシーサーが出てきました。最前列に座っていたので、シーサーに見事に噛んでもらいました(笑)長男も泣かず、吉兆が来るぞと私まで嬉しくなりました。

「あー、いーやーさーさー」「どん!」

と見事に覚え、誕生日プレゼントの「パーランクー」を使って、毎日エイサーに励んでおります。親も一緒にやろうと誘ってくるので(座って休憩すると「たって!」と言います)、家族みんなでエイサーとシーサーごっこの毎日です。この前、「パーランクー」を持って地元の盆踊りに繰り出しました(笑)

エイサーの起源は、江戸時代初期に福島県いわきの浄土宗のお坊さん、袋中(たいちゅう)上人が伝えた「踊り念仏」とも言われています(「踊り念仏」自体は一遍上人が始めたことで有名です)。あと、いわきにも同様の伝統「じゃんがら念仏」が受け継がれ、エイサーの祭りでも先頭で踊っていました。エイサーは浄土宗と関係が深いということです。

お念仏の救いというのは、本来「喜びの感情が高まり思わずおどりあがる」(歓喜踊躍
)くらい嬉しいものです。ともすると、念仏に心がこもらず、ただ形式的、慢性的、言わされて称える機会が多いことに気づかされます。

太鼓にハマった長男に、日々振り回されながらも、声と体を使ってエイサーする姿に元気をもらっています。私は沖縄に行ったことないのですが、知らず知らずに信仰が支えられているような気がします。共生合掌。

長男愛用のパーランクーとバチ。15センチの子供用だが、水牛の皮が使われています。

この記事を書いた人

赤坂 めーしょー

1990年/福島県伊達郡桑折町生まれ。
大正大学大学院修士課程(浄土学)修了。
福島教区中央組無能寺の弟子。開山は無能上人。
創刊当初の雑誌『浄土』に関心を持つ。
ラーメン好き。ヒラメクカエル。